フロスバンドはゴム製のバンドを身体に巻き付けて圧迫し、その状態で自動運動や他動運動を行うことで、関節可動域の増加や動作時の違和感を緩和する効果が期待できるコンディショニングツールです。フロスバンドを使ったコンディショニング(フロッシング)はStarrettとCordoza(2015)によって初めて提案され、関節可動域(ROM)やパフォーマンスの向上、リカバリー促進、障害によって生じる痛みを軽減すると言われています。一般的にフロッシングは機械受容器を刺激し、圧迫された組織の再灌流による血流を促したり、ファシアの滑走性を改善させると考えられています。しかし、現時点ではフロッシングによる柔軟性やパフォーマンスの変化のメカニズムに関するエビデンスはほとんどありません。この記事では、2022年4月時点でフロスバンドに関する情報が最もよくまとめられている2021年のレビュー論文をベースにしながら、その論文の著者の一人である中村雅俊先生にお話しを伺い、フロスバンドのエビデンスについて考えていきたいと思います。まずはレビュー論文内で言及されているフロスバンドの効果について、それぞれのトピックごとにエビデンスの有無を確認していきます。目次レビューの目的研究方法ROMへの影響急性効果として足関節背屈や股関節屈曲可動域の増加が報告されているフロッシング後に関節可動域が増加するメカニズムは明らかにされていない長期的効果については一般化できる結論を導けるだけの知見が集まっていない結論:関節可動域の増加は得られるが、現場への応用のためにはより多くの研究が必要パフォーマンスへの影響指標は限定的ではあるものの、パフォーマンスへのプラスの急性効果が確認されている対象部位によってはパフォーマンスの向上が期待できるが、効果量は小さい痛みや怪我への影響痛みや筋機能を改善する可能性が報告されているものの、一般化できるだけの知見は集まっていない筋肉痛からの回復への影響フロッシングの圧力(巻きつける強度)の影響圧力のばらつきが効果に影響を与えている可能性がある圧をかけすぎると悪影響を与えるかもしれないため、強い力で巻けば良いというものではない主観的な感覚やフロスバンドの伸ばし度合いといった圧力測定も実用的である他のアプローチとの比較本レビューの要点レビュー論文著者の中村雅俊先生へのインタビューフロスバンドの基本的な使い方参考文献紹介する論文Effects of Tissue Flossing on the Healthy and Impaired Musculoskeletal System: A Scoping ReviewAndreas Konrad, Richard Močnik and Masatoshi NakamuraFront. Physiol., 21 May 2021 | https://doi.org/10.3389/fphys.2021.666129レビューの目的フロスバンドの影響について全範囲的に検討したレビューは見当たらないため、このスコーピングレビューではあらゆる種類の被験者における柔軟性・パフォーマンス・痛み・リカバリーに対する単発のフロッシングの影響と、数週間にわたってフロッシングを繰り返し実施したときの影響を検討することを目的としています。また、フロスバンドと他のアプローチ(ストレッチやフォームローラー)との比較や、フロスバンドを巻きつけるときの圧レベルについても取り扱います。研究方法対象とした研究の種類:原著論文・事例研究・パイロット研究・会議録 検索データベース:PubMed・Scopus・Web of Science検索ワード:flossing OR floss band OR vascular occlusion OR ischemic preconditioning AND sport* OR performance OR rom OR recovery OR pain NOT dental NOT animal検索対象期間:2000年~2020年11月23日 基準を満たした文献数:14件。さらにそれらの14件の論文の参考文献を追加検索することで、10件の研究が追加され、合計24件の論文がこのスコーピングレビューに採用された。ROMへの影響急性効果として足関節背屈や股関節屈曲可動域の増加が報告されているフロスバンドによる単独の介入が関節可動域に与える急性効果を調査した研究は15本見つかり、その中から29のROM測定値が得られました。結果は以下の表のとおりで、29のROM測定値のうち15の結果でフロスバンドの介入後に有意なROMの増加がみられました(表中の青色の箇所は統計学的有意差があったことを示しています)。ただし、この15の結果のうち3件ではストレッチや運動を実施したコントロール群においても同様のROM増加がみられたことから、フロスバンドが追加的なポジティブな影響をもたらさなかったと考えられます。12の測定値では有意な変化は見られませんでしたが、全体を見渡してもROMの有意な減少は報告されていませんでした。変化率に関しては、足首へのフロッシングにより背屈可動域が平均11.17%(95%CI, 4.25-18.63%)増加しました。これは非常に大きな値と言えます。また、ふくらはぎへのフロッシングでは背屈可動域が平均で19.95%(95%CI, 11.56-28.78%)増加しており、こちらも非常に大きな変化が得られています。大腿部へのフロッシングでは、膝関節屈曲可動域の有意な増加(3.61%)が1件、股関節屈曲可動域の有意ではない減少(-7.05%)が1件、SLRは2つの研究の平均で7.38%(95%CI, 1.40-13.36%)の増加が報告されています。フロッシング後に関節可動域が増加するメカニズムは明らかにされていないフロスバンドの実施後に関節可動域が増加するメカニズムを調べた研究はほとんどありませんが、仮説として考えられるのは「軟部組織の変化」と「ストレッチトレランスの変化」です。これらのうち、どちらがどの程度影響するかはフロッシングの対象となる筋群や関節によって変わる可能性がありますが、現時点で得られている報告を基に考えるとストレッチトレランスの変化の影響が大きいと考えられます。長期的効果については一般化できる結論を導けるだけの知見が集まっていないフロスバンドの長期的効果について調査した研究は2本のみ見つかりました。Wienkeら(2020)は肩に痛みがある患者12名に対し、従来の治療に追加して週2回のフロッシングを実施しました。3週間の介入期間後、肩関節屈曲可動域が7.6%増加、外転可動域が18.3%増加、外旋可動域が3.8%増加しましたが、いずれも統計学的有意ではありませんでした。もうひとつのCarlsonら(2019)の研究では、足関節へのフロッシングとIASTMの影響が比較されました。週2回の介入を4週間おこなった結果、両条件とも足関節背屈可動域の増加がみられました。ただし、この報告はポスター発表であることに注意が必要です。フロッシングの長期的効果に関する研究は、対象者や介入した関節にばらつきがあり、サンプルサイズも非常に小さいため、現時点では一般化できる結論を導くことは難しいと考えられます。結論:関節可動域の増加は得られるが、現場への応用のためにはより多くの研究が必要今回のスコーピングレビューで抽出したデータによると、関節フロッシング、軟部組織フロッシングともにROMにプラスの影響を与えますが、変化の大きさは小~中程度であると推測されます。さらに、1回のフロッシング後のROM増加のメカニズムとして考えられるのは、筋腱の硬さの変化ではなく、ストレッチトレランスの増加が大きく関与していると考えられます。しかし、フロッシング後のROM増加のメカニズムや、様々な集団(アスリートや患者)に対する長期的なフロッシング介入が各関節のROMに及ぼす影響を明らかにするためには、今後さらなる研究が必要です。パフォーマンスへの影響指標は限定的ではあるものの、パフォーマンスへのプラスの急性効果が確認されている44のパフォーマンス測定値のうち、11件でパフォーマンスの改善がみられました。この11件の指標の内訳はジャンプパフォーマンス7件、RFDと最大随意収縮についてが4件です。のこりの33件については有意な変化がありませんでした。つまり、フロスバンドをおこなうことでパフォーマンスが低下するという結果は今のところ確認されていません。表で示したこれまでの報告をまとめると、膝関節と足関節へのフロッシングがジャンプ高を増加させる可能性を示す弱いエビデンスがあります。一方で、足関節に対するフロッシングはスプリントパフォーマンスには影響を与えなそうです。また、大腿部へのフロッシングは膝の伸展/屈曲筋力の増加に貢献すると考えられます。対象部位によってはパフォーマンスの向上が期待できるが、効果量は小さいこれまでの報告から、単発のフロッシングはパフォーマンスに悪影響を与えないと判断できます。関節へのフロッシングはジャンプ高を増加させる可能性があり、大腿部へのフロッシングは膝関節伸展/屈曲筋力にポジティブな影響を与える可能性がありますが、いずれも効果量は非常に小さい(平均0.244; 0~0.77の範囲)ことに注意しなければなりません。これらのパフォーマンス向上のメカニズムは、筋活動の増加や神経筋機能の向上によるものとの仮説がありますが、さらなる研究が必要です。なお、フロッシングが上半身のパフォーマンスに及ぼす影響を調べたものは見つかりませんでした。また今後は長期的にフロッシングを実施した場合の適応についても調査が必要です。痛みや怪我への影響痛みや筋機能を改善する可能性が報告されているものの、一般化できるだけの知見は集まっていないフロッシングが痛みや怪我に対して及ぼす影響について調べた研究は5本見つかりましたが、いずれも症例研究と被験者数の少ない対照研究でした。具体的にはアキレス腱症の痛みの軽減、キーンベック病の改善、オスグッドの痛みと筋機能の改善などが報告されていますが、これらはいずれもコントロール群が設けられていない症例研究です。そのため上記の研究で得られたポジティブな変化がフロッシングによるものであると断定することはできず、そのメカニズムについても明らかではありません。事例研究において痛みや筋機能の改善がいくつか報告されているものの、一般化できるだけの知見が集まっているとは到底言えないレベルであり、今後はランダム化比較試験や十分な被験者数・検出力を有する研究の実施が期待されます。筋肉痛からの回復への影響遅発性筋痛症(DOMS)に対するフロッシングの効果を調べた研究は2本見つかりました。Prillら(2019)は疲労課題後に上腕に対してフロッシングをおこない、運動後24、48時間時点での痛みのレベルをビジュアルアナログスケール(VAS)で測定しました。その結果、フロッシングをおこなったグループはフロッシングを行わなかったグループと比較して有意に痛みのレベルが減少していたと報告されています。一方、GornyとStöggl(2018)は片脚レッグプレス後の脚部へのフロッシングの影響をリッカート尺度で調査しましたが、フロッシング有りのグループと無しのグループの間で、運動後12、24、36、48、60、72時間時点でのリッカート尺度に差がありませんでした。そのため、著者らはフロッシングをおこなっても回復速度を速めたり、DOMSを軽減したりすることはできないと述べています。上記の2つの相反する結果には、フロッシングの実施方法の違いが関係している可能性があります。Prillら(2019)はフロスバンドを巻いた後に運動(腕の屈曲・伸展・内旋・外旋)を含んでいますが、GornyとStöggl(2018)の研究では、フロスバンドを巻いた後に何の動きもおこないませんでした。このことがフロッシング後の血流量に影響を与えた可能性があります。なお、VASもリッカート尺度も主観的な尺度であるため、スプリントや柔軟性などの各種パフォーマンスが実際に変化していたかは明らかではありません。フロッシングの圧力(巻きつける強度)の影響圧力のばらつきが効果に影響を与えている可能性がある研究で使用されている平均圧力は167.3±24.6mmHgで、範囲は120-210mmHgでした。この圧力のばらつきが、研究間および研究内の結果に影響を及ぼしている可能性があります。セラピスト(またはスポーツ選手・患者などの被験者)が毎回全く同じ圧力でフロスバンドを巻くことは不可能であるため、各研究では3~38mmHgの間で加えられた圧力の標準偏差も報告されています。フロスバンドの圧力の違いは、研究間および研究内の結果に影響を与える可能性があります。圧をかけすぎると悪影響を与えるかもしれないため、強い力で巻けば良いというものではない以上の報告を参考にすると、フロスバンドは150mmHg未満の圧力で巻くことが推奨されるものの、リカバリー促進・柔軟性向上・パフォーマンス向上などのどれを実施目的とするかによって適切な圧力が異なる可能性もあります。これまでに、Vogrinら(2020)(低圧力=100-140mmHgと高圧力=150-210mmHgを比較)と、Galis and Cooper(2020)(低圧力=150mmHgと高圧力=200mmHgを比較)の2件が圧力の違いを検討しています。どちらの研究も低圧力条件の方が柔軟性と筋パフォーマンスの点で良い影響をもたらしたと報告しています。なお、GalisとCooper(2020)は高圧力条件ではネガティブな影響がみられたことを報告しており、このことは「フロスバンドを巻く強さは強ければ強いほど良い」というわけではないことを示しています。主観的な感覚やフロスバンドの伸ばし度合いといった圧力測定も実用的であるフォームローリングやストレッチの研究で取り入れられている「対象者の主観的感覚(例えば、心地よい圧力から痛い圧力)」に基づく圧力の判定は価値があるかもしれません。他には、フロスバンドを巻きつけるときにどれくらいバンドを伸ばしながら巻きつけていくかといった指標も参考なると考えられます。他のアプローチとの比較現場で本当の意味で有用であるかどうかを判断するためには他のアプローチとフロスバンドを比較する必要があります。静的ストレッチは伸張時間が60秒を超えるとパフォーマンス低下を招く可能性があることは、すでによく知られていますが、フロスバンドがパフォーマンスを低下させるという報告はいまのところ見当たりません。ただしフロッシング後の関節可動域の変化は静的ストレッチがもたらすそれと異なる可能性があるため、吟味せずにそれらを置き換えることは推奨されません。Cheathamら(2020)はフロッシングとフォームローリング、軟部組織モビライゼーションを比較しました。3つのアプローチすべてで関節可動域の増加が得られ、それぞれの方法の間に差はなかったと報告しています。現時点では他のアプローチと比較してフロッシングがより有利であることを確かめた報告はほとんどありません。また、「フロッシング→ストレッチ」「フロッシング→フォームローリング」といった併用効果についても今後の研究が必要です。本レビューの要点フロスバンドは関節可動域を増加させる関節へのフロッシングはジャンプ高を増加させる可能性がある大腿部へのフロッシングは等尺性筋力にポジティブな影響を与える可能性があるが、効果量が小さいことに注意が必要明確ではないものの、フロッシングによる関節可動域の増加は筋の硬さの変化よりも、ストレッチトレランスがより大きく影響している可能性がある症例研究において、フロッシングは障害の痛みを軽減させたことが報告されているが、このトピックの結論を出すためにはランダム化比較試験による知見の集積が必要であるフロスバンドを巻く圧力(強さ)は150mmHg程度が推奨されており、強すぎる場合は悪影響を及ぼすことが報告されている関節可動域の増加や筋パフォーマンスの向上を目的とする場合、フロスバンドは静的ストレッチと比較して、いくつかの点で優れている可能性を示す弱いエビデンスが存在するが、フォームローリングなどのツールを用いたアプローチと比較した場合に、そのような優れた効果は報告されていないレビュー論文著者の中村雅俊先生へのインタビュー中島: 本日はよろしくお願いします。まず今回のレビュー論文の内容を受けて、フロスバンドに対する中村先生の個人的な考えを教えていただけますか?中村先生: まず大きな枠組みとしては、フロスバンドは柔軟性を上げるのには効果があって、パフォーマンスも下げはしないというのが今回の私たちの意見です。なので、スタティックストレッチングは直後のパフォーマンスを下げる可能性があることを考えると、その点でフロスバンドの方が有利かも、と考えています。ただダイナミックストレッチングやフォームローラーといった他のアプローチと比較したときに、それよりも優れているかというと、そこはどうかな…というのが正直な印象です。フロスバンドを巻くテクニックの習熟も必要ですし、結構痛みを伴うということもあるので、時と場合と人を選ぶツールかなと思います。ケースバイケースというのはフロスバンドに限ったことではありませんが…。ROMが変化するメカニズムに関しては、ストレッチトレランスの影響が大きいと思っています。金田先生ら(2020)の研究で、end-ROMのパッシブトルクが有意に増加していて、スティフネスに関しては有意な変化がみられなかったと報告されているので、そのあたりがひとつ参考になってくると思います。中島: ストレッチトレランスの変化が大きく影響しているとなると、スタティックストレッチングと置き換えられるかどうかの問題が出てきますよね。見かけ上のROMの変化率は同じかもしれないですが、その変化のメカニズムが違うという話になってくると単純にフロスバンドの方が良いと判断することは難しく、話がまたややこしくなるなとレビューを読んでいて思いました。中村先生: ただROMの増加がストレッチトレランスの変化に起因するからと言って、それがダメということではなくて、主観的であっても動きやすくなっていてROMが広がっていれば、それを滑走性か伸張性かどのように表現するかは別として、筋が物理的により伸ばされるポジションになっているのは間違いないことですよね。ROMの変化には、いわゆるよく言われているスティフネスというメカニカルなステータスと、ストレッチトレランスという感覚的なものの影響があることはすでに知られていますが、先ほどもお伝えしたようにフロスバンドは感覚的な変化の方が大きく、一方のスタティックストレッチングは筋も柔らかくしてメカニカルな変化もあるし、感覚的な変化も両方あると思っています。そう聞くと両方を変化させるスタティックストレッチングが優れているの?と思うかもしれませんが、スティフネスを下げたくない人たちもいますよね。例えば、陸上短距離選手などの爆発的な力発揮が求められる人たちにとっては、筋腱のスティフネスが低いというのはポジティブではないシーンも出てくると思います。中島: そのあたりは筋トレ前のウォームアップとしてフロスバンドを好む人たちの理由とも関わりがありそうですね。中村先生: それから今回のレビューには書いていないことですが、フロスバンドによるROM増加はストレッチトレランスの変化が主なファクターだとすると、フロスバンドを巻いた部位に近い関節にも間接的に変化が出るのではないかと思っています。たとえば、肘から上腕にかけて巻いて動かすと、そのあと肩のストレッチトレランスにも変化が出るといった感じです。フロスバンドを巻きにくい部位や、フォームローラーなどでアプローチしづらいところにはそうやってアプローチする選択肢もありえるかもしれません。また、いきなりストレッチをすると「突っ張って痛い」となるのであれば、まずはフロスバンドを使って痛みの感覚を和らげるという使い方も良いと思います。いつも良いコンディションでトレーニングやリハビリに臨める人ばかりではないと思うので、なにか違和感があるときにフロスバンドでそれを緩和してからトレーニングに取り組むという形ですね。一方で別の視点としては、痛みを感じにくい状態を意図的につくることがどうなのか、ということもあります。「痛み」を身体からのシグナルだと考えると、それを人為的に鈍くするというのが生理学的に良いことなのかというのは議論すべきところになってくると思います。中島: 今回のレビュー論文を読んでいるとKonrad先生はフロスバンドに対して、わりと肯定的な立場である印象を受けましたが、実際のところはいかがでしょうか?中村先生: そうですね、Konrad先生は結構好きな感じだと思います。ただ研究する立場から言うと、フロスバンドの実験はなかなか手間がかかるというのも感じていて…。一番の理由としては、どのくらいの強さで巻くのかという圧が規定しにくいことですね。中島: なるほど、熟練した人が巻かなければならないというのはありますし、そこでもたついているとあらかじめ設定した実験フロー通りに実施できないみたいな問題も出てくるわけですね。そのあたりのことも研究の数が増えてこない理由のひとつなのかもしれませんね。中村先生: 研究数はまだまだ少ないですよね。個人的にもそういう理由からフォームローラーの研究を優先している感じです。中島: フォームローラーの話が出ましたが、他のアプローチとの比較も今回のレビュー論文で取り上げられていました。中村先生個人としてはどのように考えていますか?中村先生: フロスバンドでROMは増加し、パフォーマンスに関してはポジティブな効果を期待できるかもしれず、ネガティブな影響はなさそうということなので、選択肢のひとつとして入ってくるのは間違いないとは思いますが、他のアプローチとの比較が十分にはなされていないので、現時点では結論を出すのは難しいですね。中島: 今回のレビューでも他のアプローチとの比較に関しては1件しか見つかっていないですね。Cheathamら(2020)の報告で、フロッシング・フォームローリング・軟部組織モビライゼーションを比較したところ、3つのアプローチすべてで関節可動域の増加が得られ、それぞれの方法の間に差はなかったという結果です。それぞれの方法の間で差がなかったというのは、それはそれで有益な情報ですよね。変化量がどれもだいたい同じなのであれば、あとはクライアントの好みや指導環境にマッチするものを選べばよいということになりますから。現場では複数のアプローチを併用することは多々あると思うので、このあたりの研究も増えてくると嬉しいと思います。中村先生: 話がフロスバンドからはずれますが、私たちの研究で最近Journal of Strength & Conditioning Researchにアクセプトされた研究で、アプローチの順番を変えることで結果にどのような影響を与えるかを調査したものがあります。「スタティックストレッチング→フォームローリング」「フォームローリング→スタティックストレッチング」「スタティックストレッチング→振動フォームローリング」「振動フォームローリング→スタティックストレッチング」の4条件+コントロール条件で比較したところ、やはり最後にスタティックストレッチングがくると筋力に関してはネガティブな影響があることがわかりました。中島: それはやはりスタティックストレッチングからそのあとの課題までの時間の間隔が短いというのが影響しているのでしょうか。中村先生: そこが大きいと思います。この結果も参考にすると、組み合わせ効果に関してはフロスバンドも同じような感じになるのではと考えています。中島: つぎに、フロスバンドの巻き方についてですが「遠位から近位に向かって巻く」「50%ずつ重ねながら巻く」という部分は多くの研究で共通しているところかと思いますが、今回のレビュー論文でも1つのトピックとして取り上げられていたフロスバンドを巻く強さ(圧力)についてはいかがでしょうか?GalisとCooperの報告においては、強く巻きすぎるとネガティブな影響があると述べられています。中村先生: 刺激の大きさに比例してストレッチトレランスが変わるとも思うので、そこの大きな変化を望むのであれば強く巻く選択もありえるかもしれません。ただガチガチに巻いてそのあとの動きが小さくなるのであれば、それは強く巻きすぎだと思いますね。それなら、ほんの少しだけ弱めて巻き、その分大きく動かしたり、ストレッチをしっかりすれば十分効果があると思っています。中島: なるほど。ふとももにフロスバンドを巻いて、その状態で下までしゃがめないのであれば、それはちょっと強く巻きすぎているのではないか、ということですね。動きをフルの可動域で行えるかどうかを目安にするのは実用的で良さそうです。レビュー論文内でも少し言及されていましたが、フロスバンドをどのくらい引っ張りながら巻きつけていくか、というのも目安になりそうですね。サンクトバンドのコンプレフロスは1.5倍に伸ばした状態で巻き付けていくと説明されていますが、その方法で実験をおこなった金田先生ら(2020)の報告では、134.1 ± 10.2 mmHgの圧がかかっていたとされています。これはVogrinら(2020)と、Galis and Cooper(2020)が推奨する低圧力条件に近い値なので、「1.5倍に引き伸ばして巻きつけていく」も目安のひとつとして使えそうですね。また対象者の体力レベルや対象部位の状態によっても適切な圧が変化する可能性はあると思うので、そのあたりを調査する研究が出てくることを期待します。中村先生: 今回お話しした個人的な印象に関しては、あくまでも理学療法士の視点からの印象になります。アスリートと接する機会が多い指導者や、熱心にトレーニングに打ち込んでいる方たちの場合はまた違った印象になるかもしれません。中島: 日頃指導している対象者がどのような体力レベルかによっても、フロスバンドに対する印象は左右されるということですね。本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。※ 研究で出ている結果は、あくまでも論文に記載してある巻き方/実施方法での効果を示すものであり、フロスバンドのテクニックを熟知している方が行った場合、研究結果とは異なる効果を得られる可能性もあります。フロスバンドの基本的な使い方最後にフロスバンドの基本的な使い方をご紹介します。金田先生ら(2020)の研究「Effects of Tissue Flossing and Dynamic Stretching on Hamstring Muscles Function」に記載してある方法をベースにしています。例)膝関節全体へのアプローチ① 1周軽く巻きつけてアンカーとする(遠位から近位に向かって巻くようにする)。② バンドを通常の長さから1.5倍程度引き伸ばした状態で巻き付けていく。③ バンドを50%重ねるようにする④ 近位側の端はバンドの中に挟み込む⑤巻いた箇所を左右にひねる(論文内では「4回」と規定されていますが、適宜変更して構いません)⑥ 関節を大きく動かす(論文内では「20回」と規定されていますが、個人で行う場合は適宜変更して構いません)⑦ 最大で2分程度実施したあと、解放する(外した後は、増加した関節可動域を使うように能動的な運動を行う)※効果を得るために素肌に直接巻くことを推奨しています。衣類の上から巻く場合は、フロスバンドが密着して滑らない素材を選択してください。※組織の状態次第では、フロッシングを実施した箇所に線状の内出血が生じることがありますが実施方法に問題があるわけではありません。内出血が残っている間は、その部位へのフロッシングは避けることが推奨されています。使用上のポイントフロスバンドが巻きつけてある紙製の芯は捨てないことをおすすめします。芯がある方が巻きつけるときにテンションをかけやすく、また使用後に巻き取りやすくなります。禁忌について次の内容に該当する方はフロスバンドを使用することができません。骨折・静脈炎、血栓症・閉塞性動脈疾患・急性関節炎・悪性腫瘍・進行した糖尿病・慢性リンパ浮腫ステージⅢ、二次性悪性リンパ浮腫、鬱帯性皮膚炎、潰瘍・抗凝固剤の服用中・高用量の副腎皮質ステロイド薬・ズデック骨萎縮・非代償性心不全(ステージCおよびD)次の内容に該当する方はリスクを十分に理解し、状態の程度に応じて慎重に実施の可否を判断する必要があります。急性皮膚疾患、開放創・発熱・妊娠・高血圧と低血圧・静脈瘤・慢性炎症過程や疾患(急性期)・ラテックスアレルギー・精神的ストレス・甲状腺機能障害・締め付けに対する抵抗感参考文献Konrad, A., Močnik, R. & Nakamura, M. Effects of Tissue Flossing on the Healthy and Impaired Musculoskeletal System: A Scoping Review. Front. Physiol. 12, 577 (2021).Kaneda, H. et al. Effects of tissue flossing and dynamic stretching on hamstring muscles function. J. Sport. Sci. Med. (2020).スヴェン・クルーゼ, 長谷川早苗(訳)『スポーツ医療従事者のための本格フロッシング ー応急処置、治療、コンディショニングのための新メソッドー』 高平尚伸(監修), ガイアブックス, 2020